ポートフォリオとして書いたシナリオを掲載しているページです。
上に置いてあるものほど、新しいシナリオです。
主に、Webtoonのシナリオを想定して書いています。
それ以外でも、シナリオを書けますので、お問合せからお気軽にお声掛けください。
輝石産みの恋(異世界ファンタジー 恋愛)
登場人物
アイナ(主人公) 人間 輝石産み
○劣悪な工場で女工としてブラック労働をさせられていた。工場の火災にあい、逃げ惑っているところをクストディオに助けられる。
クストディオ・マンディザバル (主人公の恋の相手) 光翼族 公爵家跡取り 騎士団長
○騎士団長。火災で死にかけているアイナを助け出した。表情をあまり、変えないので感情が分かりにくい。アイナに一目惚れをしたらしい。不器用ながらもアイナのことを大切にしているが、から回っている。
ブラウリオ 光翼族 初老の男性
○クストディオ付きの執事。誰にでも平等に接してくれる。クストディオを幼少期から知っているので、感情の変化が読み取れる。アイナに対しては真面目で働き者。という評価。
黒づくめの男たち (モブ)
メイドたち (モブ)
輝術治癒師
あらすじ
輝石産みのアイナは住み込みで働いていた工場が火事になった。
火事を逃げ惑っている最中、黒づくめの男たちに追いかけられることになる。
火に囲まれて逃げ出せないでいると光翼族の騎士、クストディオに助けられる。
天使のようにキラキラと空を舞うクストディオの姿にアイナは目を奪われるのだった。
そのまま、クストディオに引き取られたアイナは客としてもてなされる。
しかし、平民出身でメイドたちに傅かれる生活に慣れていないアイナ。
「働かせてください!」とクストディオに直訴して、メイドとして働くことになったのだった。
第一話
○織物工場宿舎 10人部屋 粗末な部屋 火事が起きている
火事が起きている
壁に火が回っていて、室内は赤い炎に照らされている
アイナ「熱いっ!」
アイナはベッドの上で炎を見て怯えている
アイナは寸足らずな粗末な服の合わせを握って燃え盛る炎を見つめていた。
アイナ「みんな!!」
アイナは周囲を見渡すが、10個ほどあるベッドには誰もいない
アイナ(置いて行かれた!)
アイナはベッドから這い降りるとドアを目指して移動する
アイナ(声をかけるくらいしてよ!)
アイナ「誰か! ゴホッ ゴホッ」
助けを呼ぼうと叫ぶ。煙が気管に入ってしまってむせてしまった
アイナは這いつくばる。煙で涙を流しながらドアを目指した
アイナ(死んじゃう!!)
ドアはドアノブの部が壊されていて、アイナは体当たりで廊下へと出た。
○織物工場宿舎 廊下 木造 火事が起きている 廊下は煙が充満している。
アイナ「ゴホッ ゴホッ だ、だれか! だれか、助けて!!」
黒煙を吸い込んでしまい、喉が痛い
アイナは懸命に声を出しながら玄関の方向へと進んだ
アイナ(どうして、火事が起きているの!? 宿舎は火の類は持ち込めないのに…)
廊下には黒煙が充満していて周囲がよく見えない
黒煙が目に沁みる。涙を流しながら、アイナは助けを求めて移動する
アイナ「あっ!」
アイナはつまずいて転んでしまった
アイナ「痛いっ」
転んで足を挫いてしまった。そして、なにか柔らかい感触のものの上に倒れ込む。
アイナが視線を向けると、床に倒れこんだ人だった。
アイナ「きゃぁぁぁぁ」
アイナは腰を抜かしながら後ずさる
アイナ「ああ、あの大丈夫…?」
アイナは倒れている人に恐る恐る近寄って、ゆすってみる。
倒れ込んだ人に反応はない。苦悶の表情を浮かべて絶命していた。
アイナ(どうしよう、どうしよう)
アイナ「大丈夫? ねぇ、大丈夫?」
アイナ(見捨てる? でも、連れていけない。私だってこのままじゃ、死んじゃう)
死体を前に混乱しているアイナに火の粉が振りかかっている。
髪の毛がチリチリと焼けている。寝巻きには小さく焦げ目がつき、穴が空いていく。
黒づくめ「…」
アイナは人の声が聞こえたような気がした。顔を上げて周囲を見渡す。
アイナは耳を澄ませてみる。炎がはぜる音に混じって、人の声が聞こえた。
黒づくめ「…あそ…い…」
アイナ(助けだ!)
アイナ「ここです! ここ! 助けて!」
アイナは喉の痛みを我慢して、精一杯叫んだ。大きく手を振る。
アイナ「助けて!!」
黒煙の向こうから現れたのは、3人の黒づくめだった。
顔も布で覆っているので性別も表情もわからない。近づいてくる
アイナ「助けてください!」
アイナは泣きながら、懇願した。
アイナ(これで助かる!)
黒づくめたちは輝導灯(簡易的なもの。ランタンのような外観)を掲げている。
輝導灯は激しく明滅している。
アイナ「あの…!」
黒づくめ「輝導…反応…、輝石産み…」
黒づくめ「…の命令…、…の生け取…」
黒づくめ「…残って…」
アイナ「…っ!」
輝石産みという単語を聞いたアイナは反射的に走り出した。
捻ってしまった足が痛いが構っていられない。
黒づくめたちとは逆方向に逃げる。
黒づくめ「追いかけろ!!」
怒鳴り声が背後から聞こえる。
アイナは火の粉が降りかかってこようが、黒煙に撒かれようが構っていられなかった
アイナは在らん限りの力を振り絞って、火事の宿舎の中を走る。
アイナ(また、売り飛ばされちゃう!)
アイナ(見つかっちゃいけない! 捕まっちゃダメ! もう、嫌だ!)
アイナは顔をぐちゃぐちゃ泣きながら走っている。
アイナ(助かると思ったのに! 輝石産みのなにがそんなに悪いっていうのよ!)
アイナ「きゃぁぁぁ」
アイナはパニックだったアイナは足がもつれて転んでしまった。
黒づくめたちは巻くことができたらしい。
アイナ「痛い…」
アイナは足をさすりながら、周囲を見渡す。
壁が崩れ、黒煙が充満している状況では自分の居場所がわからなかった。
アイナ「ここはどこ…」
アイナ(死にたくない…)
アイナの頬を涙が流れていく。
アイナの頬を爽やかな風が撫でた。
アイナ「え…」
見上げると天井が燃え尽きたのか、立ち上る黒煙の隙間から星空が広がって見えた。
アイナ「星…」
アイナは呆然と星空を見上げている。
アイナ(外はすぐそこなのに…っ)
アイナ「誰か! 助けて!」
誰にも届かないとわかっているのに、アイナは叫んでいた。
アイナ「お願い!」
クストディオ「もう、大丈夫だ」
アイナ「えっ」
頭上から、突然聞こえた声にアイナは狼狽える。
星空を見上げているとそこから光の翼を背負った人影が降りてきた。
アイナ「光翼族…きれい…」
クストディオは呆れたようにため息をつく。
クストディオ「そんな感想が言えるのなら、大丈夫だな」
アイナ「え、あ、はい…」
アイナは自分の発言の場違いさに気がついて赤面した。
クストディオ「ここから、脱出する。掴まっていろ」
クストディオはアイナの膝裏に腕を通して抱き抱えた。
アイナ「あ、え」
アイナはお姫さま抱っこという状況に慌ててしまう
クストディオ「落ちるぞ」
アイナ「は、はい」
アイナは恐る恐るクストディオの首に両腕を回す。
クストディオはアイナが掴まったことを確認すると光の翼をはためかせてゆっくりと舞い上がった。
炎の壁を超えて、クストディオは星空の中を飛ぶ。
アイナは今さっきまで火事の中にいたということを忘れ、星空を飛ぶクストディオに目を奪われていた。
アイナ(キレイ…)
はためくたびに光の粒子が舞っているかのように見える神秘的な光景にアイナは目を奪われていた。
第二話
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 浴室
アイナ「はぁ。あったかい…」
アイナはお湯をすくってぽちゃんとこぼす仕草をしている
アイナは夢見心地でお風呂を堪能している。
アイナ「暖かいお風呂なんて何年振りだろう…。あったかい…」
アイナは立ち上がって、浴室を見渡してみる。
壁には翼を背負った人物の石像が立っている。祈るような仕草をしている
豪華な浴室に、夢見心地な気分に浸っているアイナ。
アイナ「光翼族…かしら、神話かな?」
アイナには知識がないので、その石像がなにを表しているのかわからなかった。
アイナ「どうして、あの人は助けてくれたんだろう」
アイナは、火事から助け出してくれた男性騎士を思い返す。
体を密着させたことを思い出して、思わず赤面してしまった。
アイナ(なに想像しているのよ)
ブンブンと頭を振って変な妄想を追い出す。
アイナ(あのあと、救護所がいっぱいだからって、屋敷で保護しようって言われたけど、こんなに立派で豪華なお屋敷だなんて聞いてない!)
アイナは自分の体を見下ろす。
肉の薄い体。腕とお腹周りに成長途中の輝石が無数に張り付いている。
アイナ(ああ、やっぱり、私は輝石産みだ)
アイナは急に現実に引き戻される。
腕の一番、成長している輝石を見つめてみる。
アイナ(きっとあの人にも輝石産みだってバレたよね)
アイナは火事から助けてもらった時、腕を掴まれたことを思い出す。
アイナ(あの時に、輝石の硬い感触がバレたはず…)
アイナはたまらず、涙をこぼす。
アイナ(私が輝石産みだから、あの人も保護してくれたんだろう。じゃなきゃ、こんなに親切にしてくれる理由がない)
アイナは浴槽に沈むと涙を拭った。
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 脱衣所
アイナ「あれ? 着ていた服が、ない?」
脱衣所を見渡してみると着ていたボロ服がない。
代わりに、白い寝巻きが置いてあった。
アイナ(これを着ろってことかな)
白い寝巻きを手に取ってみる。
アイナ(すごい…。サラサラしている。なんだろう。これ…)
白い寝巻きはシルクなのだが、見たことも触ったこともないアイナには正体がわからない。
アイナ(高そう…。これ、着なきゃいけないのかな)
キョロキョロするが他にない。
恐る恐る袖を通すアイナ。
アイナ「うわぁ、サラサラしてる…」
メイド「お着替えはすみましたか」
アイナ「は、はい!」
脱衣所の外から話しかけられて、びっくりするアイナ。
アイナの声に応えて、メイドが2人入ってくる。
メイド「お手伝いしますね」
メイドはクシや化粧水、乳液と言った美容道具を入れたカゴを持っている。
アイナを鏡の前に座らせると、入浴後のお手入れをし始めるのだった。
メイド「気になるとことはございますか」
アイナ「いえ、その、大丈夫、です」
アイナはなれない状況に緊張して身を固くしている。
メイド「お顔に火傷がありますね。お労しい」
アイナ「大したことないですよ」
手入れが終わるとメイドが後ろに下がる。
アイナ「ほぉ」
緊張の抜けたアイナのため息は思いの外大きかった。
メイド「治癒師が参りました」
アイナ「治癒師…? あの、私、そんなお金ありません。困ります」
アイナは思わず椅子から立ち上がる。治癒師に治療を頼めば、傷はたちどころにいえるがその分、治療費も大きい。身一つで焼け出されたアイナはそんなお金はもっていない。
アイナ「いっ、痛い…」
捻挫していた足を使ってしまったために、痛みでよろけてしまった。
メイドが支えてくれる。
メイド「大丈夫ですよ。これも、旦那様の指示ですから」
アイナ「旦那様って、あの私を助けてくれて光翼族の方ですか?」
メイド「そうですよ。お気になさらないでください」
浴槽に輝術治癒師が入ってくる。
恰幅のいい女性の治癒師は、胸元に治癒師の紋章を下げている。紋章の中央に嵌め込まれているのは、大粒の輝石だ。
アイナ(どうしよう。こんな夜中に治癒師だなんて…、一体、いくらかかるんだろう…。輝石一粒で足りるかな…)
治癒師「火傷をされているんですね。あとは残りませんから、安心してくださいね」
アイナ「は、はい」
治癒師は、優しい笑顔で微笑む。
治癒師は紋章を握りしめると意識を集中させる。
紋章の輝石が輝くと、優しい光がアイナの顔にあった火傷を包む。
スゥーッと火傷の跡が消えていった。
アイナ「ほっ」
アイナ(ジンジンと痛いのが引いた…)
アイナは治癒師の術の効果に感心していた。
メイドが治癒師に耳打ちをする。うんうん、と治癒師が頷いている。
治癒師はアイナに向かい合うと、優しい笑顔を浮かべる。
治癒師「足も捻挫されているとか、治してしましょうね」
アイナ「いえ、いえいえ。大丈夫です!」
アイナは慌てて手を振って断る。
アイナ(治癒師にそう何箇所も直してもらったら、輝石一粒で足りるかわからない!)
治癒師「大丈夫ですよ。痛いでしょう。我慢しないで」
メイドがアイナの足元に足置きを差し出して、アイナの足をそっと載せる。
治癒師がかがみ込んで、治癒術を使う。足首の痛みが消えていった。
アイナ「ほっ」
アイナは深く呼吸を吐きだす。
治癒師「他に痛い場所はありますか?」
アイナ「いえ、ありません。ありがとうございます」
アイナは疲れたように微笑む。
治癒師は笑顔を浮かべると立ち上がった。
治癒師「痛かったり気になることがあれば、すぐに呼んでくださいね」
アイナ「はい…」
脱衣所を出ていく治癒師をメイドが送っていく。
アイナ(今日は、すごい一日。追いつかない)
アイナは脱衣所の天井を見上げる。
天井には、翼を持った人と悪の使徒との戦いの場面が描かれている。
アイナ(火事で追いかけ回されて、助けられて空を飛んで。こんな立派なお屋敷のお風呂に入れて…。疲れたなぁ)
アイナの瞼は、だんだんと落ちていく。
アイナ「ね、ねちゃ、だめ…」
アイナの目は閉じてしまった。
メイド「お嬢様…?」
メイドが呼びかけるが、アイナは寝息を立てている。
メイドは、もう1人を呼びにいく。
戻ってきたメイドはアイナに毛布をかけて脱衣所から連れ出したのだった。
第三話
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 客用寝室
用意されている着替えを手に取るアイナ。
アイナ(こんなに上質な服、着ていいのかしら)
アイナは恐る恐る用意された着替えに袖を通す。
改めて室内を見渡してみるととても豪華な部屋だった。
アイナの表情が青ざめる。
アイナ(私は織物工場の女工にすぎない。しかも…、輝石産みだ。この場所に本当にいていいの?) アイナは身震いする。
アイナ(バレたら、どうしよう…。うんうん。出ていくだけ。そう、出ていくだけ)
ドアがノックされる。
メイドが1人、入室してくる。
メイド「旦那さまがお呼びでございます。こちらへどうぞ」
アイナ「は、はい」
アイナは胸元を握りしめて、メイドに応じた。
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 主人の間
部屋に入って、ドアの前に立ち尽くしているアイナ。
クストディオ「座りなさい」
クストディオは書類仕事をしていた様子。アイナに入って右側の応接セットのソファを勧めてくる。
応接セットにはティーセットと呼び鈴が用意されている。
アイナ「は、はい」
アイナはギクシャクといした歩き方で移動するとソファの隅っこに座った。
クストディオもソファに移動してくる。
クストディオ「怪我は大丈夫だろうか」
クストディオは優しく微笑みながら言った。
アイナ「はい! おかげさまですっかり良くなりました!」
アイナはぺこりと頭を下げる。
クストディオ「それはよかった」
クストディオは紅茶を飲みながら、何やら思案しているような表情をする。
アイナ(ど、どうしよう。お礼は言えたわよね。あ、火事から助けてもらったお礼を言えてないじゃない)
クストディオ「…。あなたは頼る場所はあるのだろうか」
アイナ「いえ、住み込みで働いていましたので」
クストディオ「そうか…。その工場は全焼してしまった。戻れないだろうな」
アイナ「全焼…」
火事の結果を聞いてショックを受けるアイナ。
アイナ(辛い思い出しかない。でも、火事で焼けてしまったなんて…。そんな、ひどい)
アイナは俯いてしまう。膝の上で拳をぎゅっとにぎる。
クストディオは悲しんでいるアイナを見つめている。
クストディオ「行く場所がないなら、客としてもてなそう。この屋敷にいるといい」
アイナ「へっ」
間抜けな声が漏れてしまったアイナは、慌てて口を覆う。目をキョロキョロさせる。
アイナ「そ、そこまでしていただくわけにはまいりません」
クストディオ「気にするな。あなたはあの火事の生き残り。何か、事情を聞くこともあるだろう」
アイナ(気にするって。こんな立派なお屋敷なんてムリ!)
アイナは断りの文句を必死に考えている。
クストディオはテーブルに置かれている呼び鈴を鳴らす。
メイドが入室してくる。
クストディオ「彼女が滞在するからそのつもりで」
メイド「かしこまりました」
メイドが一礼する。
アイナ(どうなっちゃうの!?)
アイナはソファから動けず、あわあわとことの成り行きを見ていることしかできなかった。
***
クストディオの横顔
N「クストディオは、ソラヒル王国は光翼族筆頭家マンディザバル公爵家の跡取り息子である。本人も子爵位を持っており、騎士団長として王国に奉職していた」
***
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 客用寝室
アイナ「はぁ、ムリ…」
アイナは客室から庭園を見ながら呟いた。
アイナ(ここに滞在して今日で三日目。ムリ…)
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 客用寝室 アイナ回想
アイナはメイドに見られながら、お茶を飲んでいる。緊張している。
アイナは手が震えてスプーンを落としてしまう。
アイナ「あ…っ」
アイナ、拾おうと身を屈めるが、メイドが先んじて拾う。新しいスプーンに交換。
アイナ「ありがとう」
メイドは軽く一礼
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 客用寝室
アイナ(なんでもかんでも、メイドさんにやってもらわないといけない…)
アイナはカーテンを握りしめている。
アイナ(誰かにかにかをしてもらう生活ってこんなにも不便なの!?)
アイナ(限界…)
アイナは庭園をキッと睨みつけると身を翻して客用寝室を出ていった。
○ソラヒル王国 王都 クストディオの邸宅 廊下
アイナ「あの! 働かせてください!」
ブラウリオ「…。アイナさま、なにか不手際がありましたか」
ブラウリオはギョッとする
アイナ「いえ…。皆さんにはよくしていただいています。でも、なにもしないでいるのは耐えられないんです」
ブラウリオ「アイナさまはいてくださるだけでよろしいのですよ
ブラウリオは慈悲の表情で微笑んでいた。
アイナ「でも、私だって働けます!」
アイナは必死に訴えた。
ブラウリオ「アイナさま、お気持ちは嬉しいのですが…」
ブラウリオがアイナを説得しようとしたとき、メイドを従えたクストディオがやってきた。
アイナとブラウリオは一礼する。
クストディオ「なにをしている?」
アイナ「あの、働かせてください!」
アイナは訴えるターゲットを変更した。
クストディオ「なにか不手際があったのか?」
クストディオは眉間にシワを寄せてブラウリオに問いかけた。
ブラウリオ「いえ、なにも…」
アイナ「おもてなしには感謝しています。でも私、怪我もしていませんし、元気です。働かせてください!」
クストディオ「…。なにも働かなくていい。確かに放っておいたのはすまなかったが…。この屋敷にいて欲しい」
クストディオが語るのをブラウリオは意外なものを見る目で見ていた。
アイナ「じっとしていたくないです! 働かせてください!」
アイナ、じっとクストディオの目を見つめている。
しばらくアイナとクストディオが見つめあう。
先に折れたのはクストディオだった。
クストディオ「まぁ、構わないが…」
ブラウリオ「旦那さま」
ブラウリオは呆れたように声をかける
ブラウリオ「旦那さまはアイナさまをメイドにするために連れてこられたわけではないでしょう」
クストディオ「それはそうだが…。本人が…」
ブラウリオはため息をつく。
アイナはキラキラとした目でクストディオを見つめていた。
ブラウリオ「それではアイナさまには蔵書の整理を…」
アイナ「お掃除がいいです!」
ブラウリオ「はぁ」
アイナ「私、その文字がきちんと読めなくて…。だから、お掃除を手伝わせてください」
アイナは両手を握りしめながら力強く言った。
ブラウリオ「本当によろしゅうございますか?」
クストディオ「まぁ、本人がやりたいのだし…」
ブラウリオはため息をつく
ブラウリオ「旦那さまがお決めになられたのならいいのですが…」
アイナ「ありがとうございます!」
アイナは喜びを爆発させていた。
クストディオはそんなアイナを愛おしそうに見つめている。
ブラウリオ「まったく、旦那さまも不器用なことだ」
N「こうしてアイナはマンディザバル邸で働くことになったのである」
井草くんとバニガちゃん(仮)(現代ファンタジー)
登場人物
○井草(主人公) ニュース解説系動画配信者 18歳
○佐倉あやめ(ヒロイン) 女子高生。ラビ子(ウサギ)の飼い主
○イモリ イモリのような能力を持った「冷たい手」。連続ペット変死事件の犯人
○バニガちゃん バニーガール姿の女性。大きなシャベルが武器
○黒づくめ 謎の男 井草を監視している様子
あらすじ
うなされて起きた井草はネットニュースで、ペットの連続変死事件を知る。
冷たい手の仕業だと直感した井草は現地に赴くことにした。
最新の事件の現場となったSL公園で動画撮影をしていると佐倉あやめという少女に出会う
佐倉はペット連続変死事件の被害者だった。
佐倉のペットについて事情をきいている。
井草と佐倉は背後からイモリに襲われた。
イモリと争いになる井草。
不利を悟ったイモリは佐倉をさらって逃げてしまう。
イモリに攫われた佐倉は、イモリがペット連続変死事件の犯人だと気が付く。
激昂したイモリに首を絞められる佐倉。
井草はこれまでのペット連続変死事件のデータからイモリの居場所を突き止める
どこかに電話をかけて協力を要請する井草だった
首を絞められている佐倉を助け出す井草
イモリと再び争いになる。追い詰められる井草だったが、そこにバニガちゃんが登場。
形勢が逆転。イモリは追い込まれ、倒されるのだった。
ペットの首輪を取り戻して涙する佐倉とそれに寄り添う井草
バニガちゃんはイモリの死体を埋葬している。
それを、黒づくめが監視していた。
第一話
○深夜 地方都市の中核駅 駅前 花壇には植えられた花が咲いている。
月明かりだけが光源になっている深夜の駅前。
鼻歌が聞こえる。なんの曲かは判別がつかない。
鼻歌の主、バニーガール姿の女性が花壇に穴を掘っている
バニーガールの胸元には、スマホが挟まれている。
深夜の駅前には、ザクザクという穴を掘る音だけが響いている。
花壇には『市民ボランティアの皆さんがお世話をしています』と書かれた看板が植えられている。バニーガールはその看板に頓着せずに、穴を掘っている。
足元には動物の死体(ウサギ)
バニーガールは穴にウサギを入れると、埋葬する。
バニーガールは満足そうな笑顔。
○早朝 古いアパート アパートの一室
井草(主人公)は布団で寝ている。夢を見ているのか、うなされている。
見ている夢は、顔の見えない大切な人(男)が消えてしまうというもの。
井草「待って、待ってくれ。行かないで…」
うなされながら手を伸ばす井草。
汗をかいていて、ハッと目を覚ます。右目から一筋の涙が流れる。
井草は呆然としながら布団から這い出る。
井草(夢の中のあいつ。いったい、誰なんだ。オレは誰を忘れているんだ…)
井草は眼帯をしてシャツにジーパンという姿。
井草はパンを齧りながらパソコンに向かっている。
パソコンの画面にはネットニュース『渋河市 あいつぐ動物の変死体!』
井草(これもあれの仕業なのか?)
スマホを使ってSNSもチェックする
井草(それにしては小粒な事件だ…)
SNS『今度はウサギだってよ』
SNS『うげぇぇ』
SNS『誰だよ、変質者。キモい』
井草(いや、大小は関係ない。止めないといけない)
井草は椅子に掛けていたアウター(登山用のゴツいやつ)を羽織る。
井草はバックパックに撮影機材を詰め込んでいく。
フレキシブル型三脚、スマホ、タブレット、モバイルバッテリーなど。
背負うとアパートを出ていく
○朝 地方の幹線道路 車内
井草は軽自動車を運転している。
井草(渋河市の動物変死事件…)
井草は運転しているが、動物の変死事件のことを考えている。
井草(今朝の報道では、七件目。いずれも小動物)
井草(SNSの真偽不明の情報も合わせると十四件の被害…)
被害にあったペットの写真。悲惨な状態のものが多い。
井草(いずれも住宅で、飼育されていたペットたち…)
井草は車窓から景色を見る
井草(なぶり殺されたような酷い有様…か)
井草(これが本当にあれの仕業なら、止めないといけない)
○午前中 渋河市SL公園
警察の規制線が貼られた一角がある。地面の色が変色している。
井草はスマホを取り出して、フレキシブル三脚にセット。撮影を始める。
変色している地面をズームアップする。
佐倉「なにしているんですか」
井草がパッと振り返ると高校の制服(ブレザー)を着た少女(佐倉あやめ)が立っている。
井草「撮影してまわっているんですよ」
井草はにこっと笑う
佐倉「… やめてください」
佐倉はキッと井草を睨んでいる
井草「どうして?」
佐倉「嫌な思いをする人がいるってことです」
佐倉は目尻を釣り上げるように怒っている。
井草「それは申し訳なかった」
井草はスマホを三脚から外す
井草「もう、撮影はやめるよ」
井草は軽く微笑む
佐倉はホッとした様子をみせる。
井草「ニュースになっている動物の変死事件 なにか知っている?」
機材を片付けながら井草は問う。
佐倉「…あなたは なんですか? 記者?」
井草「あー オレは」
井草はポケットをあさって名刺入れを取り出す
井草「一応、こういうやつ」
名刺には「ニュース深掘りch配信者 井草」の文字とQRコード
井草「井草っていいます」
佐倉は名刺を手にとってみる。井草に不審な目を向ける
佐倉「動画配信者 ですか」
井草「そう。ニュース系動画配信しているんだ」
佐倉「迷惑系ですね」
井草「酷いな。迷惑は掛けてないよ。撮影、やめたじゃない」
井草は苦笑い。両手を振って何も持っていないアピールをする。
佐倉「それでここに何のようですか」
井草「今朝 ここでうさぎの変死体が見つかったってニュースで見てね」
佐倉は泣くのを堪えるように目元を抑える
佐倉「…っ」
井草「もしかして、君の…」
うなずく佐倉。
井草「ごめん…」
井草はハンカチを佐倉に向かって差し出す
井草「名前、聞いてもいい?」
佐倉「佐倉です。佐倉あやめ」
○午前中 渋河市SL公園 SL前のベンチ
佐倉はハンカチで目元を押さえている。
佐倉「ハンカチ、ありがとうございます」
井草「いいよ、使って」
沈黙。
井草「どんなことがあったのか、聞いてもいいかい?」
佐倉「…」
佐倉はこくんとうなずくと深呼吸を一つする
○一昨日の夜 佐倉家のリビング
佐倉が座っているのはリビングのラグの上
佐倉の膝の上で大根を齧っているラビ子
佐倉はラビ子を撫でている
佐倉「そろそろ、寝ようねラビ子」
佐倉はラビ子を持ち上げて檻の中へ入れる。
檻に取り付けてある布を被せて、目隠しをする
佐倉「おやすみ ラビ子」
檻に向かって手を振る佐倉
佐倉は一つあくびをして、リビングから出ていく
○午前中 渋河市SL公園 SL前のベンチ
佐倉「それがラビ子を見た最後です。朝、起きたら、檻がグチャグチャに…」
井草「辛かったね…」
うなずく佐倉
佐倉「警察を呼んだんですけど 暴れて逃げ出したんだろうって取り合ってもらえなくて」
佐倉はハンカチを握りしめる
佐倉「でも ラビ子が1人で逃げ出せるはずがないんです! 窓は全部閉まっていましたし…」
泣くのを堪えている表情の久佐野
井草はなんでもないふうを装っているが、拳を握りしめている。
井草「ねぇ 不審者とか目撃がない?」
井草の唐突な話題の転換に、びっくりしている佐倉。
佐倉「不審者、ですか」
佐倉は考え込む。
佐倉「あの信じてもらえないかもしれないんですけど…」
ためらうように俯く佐倉
井草「うん」
佐倉「家の外壁に張り付いている人影がいるって…噂があります…」
井草「張り付く…」
佐倉「おかしいですよね。でも、壁とか塀を這いずり回る人影を見たって」
佐倉の想像図は住宅の外壁に張り付いている大きな人影
佐倉「すみません。バカみたいですよね」
佐倉は顔を上げて苦笑いする。
佐倉「ペットが多く殺されていて、みんな不安なんです。きっと」
井草は真剣な表情で遠くを見ている。
井草「信じるよ」
井草は真剣な眼差しで佐倉を見つめる
井草「この世界にはね、化け物がいるんだよ」
佐倉「えっ」
佐倉は目をパチクリさせている
井草「オレも大切なものを奪われたんだ わかるよ」
井草は底知れない闇のような目つきをする。
井草は左目に痛みを感じる
井草(この突き刺すような痛み。まさか)
井草は左目を押さえる。
背後のSLに張り付いている人影がある。
第二話
○午前中 渋河市SL公園 SL前のベンチ
イモリ「あなた、目が離せないわ」
突然の第三者の声に振り返る井草と佐倉
SLの上に人影が立っている。フードをかぶっていて顔は判然としない。
佐倉「だ、誰!?」
イモリは井草を見つめている。
井草はベンチから立ち上がる。
佐倉はキョロキョロしている。
イモリ「あなた何者なの? こんなに気になる人は初めてよ」
井草、SLを見上げてイモリを視界にいれる
井草「ただの人間だよ」
イモリはベロリと長い下で自分の顔を舐める。
イモリ「ああ、目がはなせないの。あなたをぐちゃぐちゃにしたら気持ちいいでしょうね」
イモリはSLの上から跳躍して、井草に殴りかかる。
井草、跳躍して避ける
井草「佐倉さん! 逃げて!」
佐倉「な、なにこれ!?」
佐倉は腰を抜かしてしまって地面に座り込んでいる。
イモリは姿勢を低くして井草に飛び掛かる。両手を伸ばして井草の首を狙う。
井草はイモリの両手を掴む。膠着状態。
力比べ。
井草「お前の手は冷たいな。やっぱり、冷たい手だったか!」
イモリ「それがどうしたの? 変なこと気にするのね」
井草「この死に損ないが!」
イモリ「ねぇ、あなたの目。ちょうだい。ちょうだいよ」
イモリ、ベロを突き出して井草の左目を狙う。
井草は体を捻って回避。眼帯が外れる。赤く染まった左目が顕になる。
イモリ「いいわ。いいわ。その目、とっても素敵ね」
井草「この目は貰い物なんだ。誰にもやれないね」
井草はイモリの手を離す。つんのめるイモリ。井草はバランスをくずしたイモリにタックルをかける。
イモリのフードが外れる。目がギョロリとしていて口の大きい女性の顔があらわになる。
イモリ「見たわね! この顔を見たわね!」
井草「はっ! やっぱり、死に損ないじゃないか! とっとと成仏しな!」
井草はイモリに馬乗りになると拳でイモリの顔を殴りつける。イモリから鼻血がでる。
イモリ「がぁっ、は」
井草「お前が、ペット殺しの犯人か!?」
井草はイモリを殴りながら叫ぶ。
イモリ「さぁ? いちいち、覚えてないのよね」
イモリは殴られながらも余裕の表情。
井草「家人に気が付かれない侵入、壁をはいずい回る人影。そんなことが冷たい手以外にできるものか!」
井草、叫ぶ。
イモリは井草を蹴り飛ばすと跳ね起きて、距離をとる。鼻血を拭うイモリ。
イモリ「あんた! おとなしく、食われなさいよ!」
井草「いやだね!」
井草、左目が紫色に淡く輝き始める。
イモリ「…っ!」
イモリは、井草の左目に本能的に恐怖を覚える。
イモリはチラリと佐倉を見る。
佐倉は、震えていて動けない。
イモリ、地面を這いずるように素早く動き、佐倉をベロで拘束する。
佐倉「きゃぁぁ」
イモリ「こいつとお前の命を引き換えだぁ! よく考えるんだな!!」
井草「くっ…」
イモリは、佐倉を拘束したまま移動。SL公園から離脱する。
井草「ちくしょう!」
地面を蹴る井草。拳を握りしめる。
井草(どんな雑魚でも冷たい手だ。油断した)
井草はイモリが消えていった方向を睨む。
井草(絶対に助けないと…)
○夕方 廃墟のマンション
佐倉、背もたれのある椅子にロープでぐるぐる巻きにされている。
よだれがついているのか、濡れている。
佐倉「あ、あなたは、いったい…」
イモリ「あたし? あたしはねぇ…」
天井に視線を向けて考え込むイモリ
イモリ「あたし、誰だっけ? え、あたしは」
イモリは右手で自分の顔を掻きむしっている。パーカーの右袖がズレて素肌が顕になる。
イモリの右腕には、たくさんのペットの首輪がはめられている
イモリ「あたしは、あたしは。あれぇ、なんだっけ」
ブツブツと呟いているイモリ。
その様子を佐倉は恐怖の眼差しで見ている。
佐倉の視線がイモリの右腕に釘付けになる。佐倉、イモリの右腕の首輪に気が付く。
佐倉「あ、あなた! その腕についているやつ! それって!」
イモリ「ああ、これ。これね、これは、あたしのコレクション…。ふふふ」
イモリは、薄く笑いながら右腕の首輪のコレクションを撫でる。
イモリ「これは、気の強うそうな猫の首輪、こっちは、ギャンギャン吠えるうるさい犬の首輪。こっちは…」
イモリは嬉しそうにコレクションの説明を始める。独り言のように喋っている。
佐倉はイモリの首輪コレクションから目が離せない。
佐倉はコレクションの中に、ピンク色のリボンのついた首輪を見つける。
佐倉「それは、ラビ子の首輪!」
佐倉が目を見開いて叫ぶ。
イモリ「…。ああ、これ」
イモリ、ラビ子の首輪をつまむ。
イモリ「いいでしょう? 一番新しいコレクションなの。ブッブッってブサイクに鳴いていたわ」
佐倉はイモリの告白を聞いて、うっすらと涙を流している。
佐倉「あなたがラビ子を殺したのね!!」
佐倉はイモリを睨みつける。
イモリ、ベロをしならせるように突き出して、佐倉の頬を打つ。
イモリ「うるさい! いい気分なんだから邪魔しないで!」
イモリ、今度は両手で髪の毛をかきむしる。
イモリ「あああ! うるさい! うるさい!」
佐倉「ラビ子を返してよ!」
イモリ「あー、あんたも殺しちゃおうか。人間はどんな鳴き声をするのかなぁ。人間は初めてだから、楽しみ」
イモリはニチャァと笑うと佐倉の首に手をかける。
佐倉の表情は恐怖で引き攣っている。佐倉、涙を流している。
○夕方 SL公園近く コインパーキング。軽自動車の車内。
井草は狭い車内で体を折り曲げながら、ノートパソコンを開いている。
井草(冷たい手の行動には、大体のパターンがある)
地図アプリに、これまでのペット変死事件の発見地をマッピングする。
井草(そして、これまでのパターンから冷たい手の行動範囲は狭い…)
地図アプリに並んだマッピングは歪な円を描いている。
井草(この中心が怪しい…)
地図アプリで航空写真に切り替えてみる。
畑の真ん中に、コンクリートの建物
井草「この建物か。マンション?」
井草は助手席のバックパックをあさってスマホを取り出す。
通話アプリを使う。
呼び出し音。
井草はなかなか通話に出ない相手に少し、イラついている様子。
井草「あ。バニガちゃん?」
バニガ「…」
井草「今からいう場所に来れるかな」
バニガ「… …」
井草「うん、うん。わかった。これが終わったらホームセンター行こうね」
バニガ「… …」
井草「うん。よろしく。先に行っているから、よろしく」
井草は通話を切ると、スマホを助手席に放り投げる。
軽自動車のエンジンをかけて、発進させる。
井草「絶対にあいつにとどめを刺してやる」
井草の目には決意の表情がみなぎっていた。
第三話
○夕方 廃墟のマンション
イモリが佐倉の首を締める。
佐倉「あ、ぁああぁ」
佐倉苦しそう。
イモリ「もっと、もっと鳴いて! そう!」
佐倉「ぐっ」
佐倉、イモリの右腕に爪を立ててギィと引っ掻く
イモリ「いったいわね!!」
イモリ、思わず、首に巻いている手を離し、左手で佐倉の顔を引っ叩く。
佐倉、椅子ごと床に倒れ込む
イモリ、右腕の傷を見る。
イモリの右腕は4本の爪痕が残っているが、すーぅっとすぐに消えてしまう。
満足そうにうなずく、イモリ。
佐倉「ぎゃ…!」
佐倉、頭を打ってしまう。朦朧とする意識のなか、イモリが近づいてくるのをただ見ていることしかできない。
佐倉「ぅうう…」
イモリ「さぁ、楽しい悲鳴を聞かせてね」
イモリは床に倒れている佐倉の首にベロを巻きつける。
井草、背後からイモリにタックルをする。衝撃でイモリのベロは外れてしまう。
井草とイモリは絡まりながら、地面を転がる。
井草「佐倉さん! 大丈夫!?」
井草の呼びかけに、佐倉は答えられない。
イモリ、井草の背中を殴りつける。
井草「ガァ!」
イモリ、立ち上がって井草を見下ろす。
イモリ「殺す! 殺して、引き裂いて、ばら撒いてやる!」
激高したイモリは井草に馬乗りになって、首を締め始める。
井草「ぐ、ぁ」
井草はイモリを睨みつける。
井草の左目が紫色に輝く。
イモリ「なんだよ! その目は!」
井草「はっ。ビービー泣けよ!」
井草の左目から紫色の光線が出て、イモリの右肩を貫く。
イモリ「ぎゃぁぁぁぁ」
イモリは井草から身を離し、のたうち回る。
井草は肩で息をしながら立ち上がる。
井草「ざまあみろ」
イモリは涙と涎と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらよろよろと立ち上がる。
イモリ「てめーは、殺す! 今すぐ、殺してやる!」
イモリの右肩の傷は、ジクジクとスローペースで治りかける。
イモリ、井草を睨みつけるとベロを飛ばそうと口に力を込める。
井草「あー、残念だけど」
余裕の表情の井草、イモリの後ろを指差す。
井草「お前の相手は、オレじゃないんだ」
イモリ「はぁ?」
イモリはキレている。
井草「後ろ、見てみろよ」
イモリはゆっくりと後ろに視線を向けようとした。
イモリの腰に、大きなシャベルが叩き込まれる。
イモリ「ぐぇ」
潰れたような悲鳴を上げて、イモリが吹っ飛ぶ。壁に激突。
イモリの背後にバニーガール姿の女性(バニガちゃん)が立っている。
バニガちゃんは右手でピースサインを突き出して、ウインクしている。
バニガ「いぇーい!」
井草「遅いよ。バニガちゃん」
井草はちょっと呆れたようなホッとしたような表情でバニガちゃんをみる。
バニガ「うふふふ」
イモリがよろよろと立ち上がる。
イモリ「お、お前、なんなんだよ。なんなんだよ!」
イモリはバニガちゃんを指差して喚き散らしている。
バニガちゃんはゆっくりとイモリに対して振り返る。
バニガ「君は…。ああ…。お墓に入らなきゃダメだよ」
イモリ「はぁ? なに言ってんだよ! わけわかんねぇな! おまえ!」
井草「バニガちゃん。よろしく…」
バニガ「うん。任せて」
井草はイモリを警戒しつつ、床に倒れている佐倉の介抱に向かう。
イモリ「バカにしやがって!!」
バニガ「帰るところに、帰らないと」
イモリ「意味わかんないんだよ!」
イモリ、跳躍して天井に張り付く。ベロを突き出して、バニガを襲う。
バニガはシャベルでベロを防御。ベロがシャベルに巻きつくので、力比べになる。
イモリ「ぎゃ、ぎゃ」
バニガ「…っ」
引っ張られるイモリ。
バニガは膝を落として腰をひねる。上半身の捻りを利用して、ベロを振り回す。
イモリ「ぐ、ぎゃ、あぁ」
イモリ、天井から引き剥がされて壁に叩きつけられる。
バニガはダッシュして距離を詰めて壁からずり落ちたイモリの首にシャベルを突き刺した。
首が落ちて絶命するイモリ。
バニガはやり切った表情で顔の汗を拭っている。
バニガ「終わった〜」
井草「お疲れさま。バニガちゃん」
井草が佐倉に肩をかして近づいてくる。
佐倉「ありがとうございます」
バニガ「無事でよかったね〜。運がいいんじゃない?」
佐倉「そう、でしょうか」
バニガ「うんうん。ふつー、冷たい手に攫われたら生きてないよ〜」
バニガはシャベルを担ぎながら笑顔で佐倉と井草を迎える
佐倉「冷たい手?」
井草「あいつ見たいな存在のことさ」
井草は佐倉から手を離すとイモリの死体に近づいてしゃがみ込む。見聞をしている。
井草(こいつは、対して強い存在じゃなかった。でも…佐倉さんが助かったのは運が良かったんだ)
井草、イモリの腕にコレクションされている首輪をみる。
その中から、ピンクのリボンの首輪にラビ子と書かれているのを発見する。
ピンクのリボンの首輪を外す井草。
井草「これ、君のラビ子ちゃんのかな」
井草、首輪を佐倉に見せる。
佐倉「そう、そうです。ラビ子…」
佐倉は首輪に頬擦りしながら涙を流した。
バニガ「ねぇ、これ。埋めていいよね。埋葬しちゃうよ!」
井草「バニガちゃん、空気読んでよ」
しんみりとした空気を壊すバニガの元気で明るい声。
埋葬できることが楽しくてしょうがないと言った感じ。
バニガ「えー。ダメなの?」
井草「いいよ。好きにして」
井草はため息をつくとバニガに許可を出した。
バニガ「やった〜」
バニガは喜んでイモリの首と体を掴むと、外に向かってひきづっていく。
○廃マンション 外 上空
一台のドローンが飛んでいる。
ドローンのカメラは井草を捉えている。
○廃マンション 近くの路上のワンボックス
車内はさまざまな機材が並んでいる。
モニターにはドローン撮影の映像が映っている。
後部座席に黒スーツが座っている。
黒スーツ「はい。対象を確認しました」
インカム「…」
黒スーツ「はい。ロストしないように監視を強化します」
黒スーツは、インカムのチャンネルを操作する。
黒スーツ「このまま、監視を続行だ」
○夕方 廃マンション 外 敷地内
バニガ、鼻歌を歌いながら墓穴を掘ってイモリの死体を埋めている。
井草「その、今日のことは」
佐倉「ありがとうございました」
佐倉は深々とお辞儀をする
井草「あ、うん」
佐倉「おかげでラビ子の敵がとれました」
佐倉はすっきりとした表情。
井草「今日のことは忘れた方がいい」
佐倉「そうですね。今も、なんだか現実感ないです」
佐倉は切そうに微笑んだ
佐倉「今度、お礼させてください」
井草「いいよ、お礼なんて」
佐倉「ふふふ」
佐倉もう一度、一礼して去っていく。
井草「ふぅ」
井草は、頭をポリポリとかくと振り返る。
井草「バニガちゃん! そろそろ行くよ!」
バニガ「はーい!」
泥で顔が汚れているバニガはいい笑顔で笑っていた。
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